teke teke my life

てけてけマイライフ(ぼくの生活と学習と遊びの記録)

リアル知人とのインターネットでのゆるいつながり

先日、学生時代からお世話になっている先輩と久しぶりに会う機会があり、別れ際に「これからもインターネットでゆるくつながっていきましょう」とお話しがありました。
何日かその言葉を反芻していたのですが、「インターネットでゆるくつながっていきましょう」という宣言はすごくいいな、と思ったりした話です。

思っていたより、関係の維持ってむずかしい

学生から社会人になり、若手というよりは中堅になり、もうおじさんに足を踏み入れかけています。
その中で、「知人(広い意味で友人も含む)とどう継続的に関係を維持するかなー…」と定期的に考えます。

独身だったり、家庭を持っていたり、同じように家庭を持っていても、居住地が遠かったり、子どもの年齢が違ったり。
みんな独身だったころと比べると、やはり状況が変わっているんですよね。
なんとなく、声掛けづらいし、集まりづらい。それが互いにあるせいか、意識しないとつながりが切れてしまう。

連絡先はわかるけれど

そんな中で、LINEやメールでしかつながっていなかったりすると、本当に気合を入れて声をかけないといけなくなります。
それはやっぱり、大変だし、どこかで定例会がぷっつり切れるともうどうしようもなんすよね。
年賀状のやり取りでもしてれば、まだいいんですけど。

(なんだかんだ、年賀状で「今年も会わなかったけど、またお会いしましょう」とやっているうちは、まだ会えるんですよね。年賀状、年齢を重ねると、ゆるいつながりとしての効果は実感します。年1回の物理Twitterみたいなイメージすね)

インターネットでのつながりのありがたさよ

連絡先だけを知っている状態と比較すると、Twitterなり、ブログの更新なりでその人の生存が確認できる場所が明確にあり、逆に先方もぼくの生存を年に1回ぐらいは確認してくれている状態はたいへん都合がよいです。
少なくとも、相手が生きているかはわかるし、相手のここ最近の動きもわかります。
自分の動きも、開示している範囲で、見てくれていれば、先方に伝わります。

少なくとも、それぐらいの関係が続いていれば、何か気になったり、会話の切り口があればリプライやコメントができるんですよね。
久しぶりに会いたいな、と思ったときも、声掛けをしやすいです。
(「いい歳して、普段からつながってないと声掛けもできないのか、お前は」と自分自身に思うこともなくはないですが、仕方ねーじゃん、そういう生き方をしてきたんだから。)

人間関係を細く長く維持するためのつながり

そういう意味で、「インターネットでゆるくつながっていきましょう」はすごく良い言葉ですね。
とくに、「インターネットでつながっていきましょう」ではなく、「インターネットでゆるくつながっていきましょう」なのが良いです。
人間関係の継続をしましょう、という明確なメッセージの中に、能動的につながっていかなくても、受動的につながれるような含みが入るので。

インターネットでゆるくつながれるひととはゆるいつながりを維持しつつ、そうではなく、狭いところで直接接点を維持しないといけない人とは定期的にお会いしつつ、当面の5年ぐらいを生きていきたいところです。

余談

それはそうと、2022年はだいぶ薄れに薄れた「ゆるいつながり」を回復する年だったなーという実感です(インターネットに限らず)。
2019年に会って以来とか、そういう方と会う機会が多かったですね。
やっぱり、人と会うのはとても楽しいので、2023年も、同じようにやっていきたいところです。相手がどう思うかはともかくとして、ぼくとしては久しぶりにお会いしたり、お話したい相手はたくさんいるんですよね。
もし、声掛けしましたら、お付き合いいただけると幸いです。